ゲスト卓話
恵林寺住職 古川周賢老大師
私は、恵林寺の住職を務めておりますけれども、もともと私の家はお寺ではありませんでした。
私の家は、音楽、教員一家です。私も音楽をやろうと思っていましたが、
高校生の時に才能がないなと思って、自分探しが始まりました。
私は大学で西洋哲学を専攻しました。ところが、何か物足りない。
周りと比べて何をやっても軽薄な感じがしました。
ある時、自分は恵まれて生まれたから甘ったれなんだと思いました。
それで厳しいところに飛び込んで変身したいと思いました。
だから私は、出家が遅くて、29 歳で出家して、42 まで修行僧だったんです。
しかし、道場に行ったら変われるだろうと思っていたのは、最初から間違っていた。
人に変えてもらおうと思っているうちはダメなんですよね。
自分でやることの意味が実感として分かるまで、42 まで 13 年かかりました。
私たちは、欲望と執着の生き物ですよね。欲望や執着というものは、自分勝手、自分都合なものです。
自分都合の人間に対して最も良い解毒剤は何かというと、「自分より大切なものが見つかること」です。
師匠は弟子を指導するときこの人はどこまでわがままを克服できるかを見ます。
禅問答は、自分勝手、自分都合がどこまで隠れているかを確かめる技術です。
でも人間には生存本能があるから、難しい。
一つ言えることは、自分勝手、自分都合が心の中にわだかまっていて、しかも自分勝手、
自分都合の人間だということを気がついていないと怖いことになるんです。
普段から自分を見つめて、自分の心の中に、どこまでわがままや自分勝手や自分都合から自由になっているかですね。
お釈迦様も生老病死を経験しました。生老病死は悟っても避けられないんです。
それを耐えられなくするのは、思いどおりにしたいという執着があるからです。「死ぬ」ということをいかに受け入れるかです。
ある程度人生が分かってきたら、終わることを考えて人生を考えようと、自分の生き方の軌道を修正して、
価値観や考え方を変えていくように、知恵を発揮しなさい、学びなさい、
終わりがあるということをちゃんと認識して、それに合わせて考えなさいということがお釈迦様の教えです。
仏教には死生観はないんです。
なぜかというと仏教では生きることを「生死」(しょうじ)と言います。
なぜ生死というかというと、死ぬことを抜きに生きることを考えるのは愚かだと考えるからです。
死ぬことがあって初めて生きるということだ、終わりがなければ生きる価値もない、だけど終わりがあることは悲しい、
終わりがあることを考えて生きていかないと苦しむのは自分だという考え方がある。だから常に生死と言うんです。
最後、どうしたらいいか。
それが、仏教の智恵です。
年をとっていくと、いつまでもガツガツしても終わりが来るんだから、どこかで自分の得たものをバトンタッチしていかなければいけないんです。
努力して社会で活躍したあとは、隠居する。自分が得たものを譲りながら、執着を抱えたままだったら苦しいから、執着を取っていくわけです。
最後は、遊びに行くと言うんです。全部手渡して、最後を迎えたい場所を探して、そこで、最後を迎える。
お釈迦様の最後の旅が記されている経典は、「遊行経」と言うんですよ。
お釈迦様は、自分が納得できるところで一人でもたくさんの人に、お説法して死にたいと思ったから、最後までお説法しながら亡くなったんです。
それが自分の遊行だった。簡単にはできません。
でも、やる方法は決まっています。自分の大事な人に恩返しをする。
私が、師匠に、私は力不足で恩返しできませんと言ったら大笑いされました。
俺に対してありがたいと思うんだったら、俺がお前にしてやったことよりもたくさんのことを次に来る者のためにしてやれ、そう言われました。
恩返しをすることが、自分自身の欲望と執着を解毒することにもなるでしょう。
自分の持っているものを他人や社会に還元していくことは、利他行です。
利他行の中に布施行というものがあります。見返りを求めずに他人へ施しを行うことです。
道元禅師は布施行の怖さを説いています。困っている人に施すことが、本当にその人のためになるかが大事なことです。
その人が本当に良くなるようなものを施すことが本当の布施行になる。
逆に、相手に嫌われても、施してはならないときもある。
坊さんもこびたくなるけれど、それではいけないと道元さんに叱られながら、
毎日、布施行について考えています。