ゲスト卓話

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「松下幸之助の教え」

一般社団法人日本経営士会専務理事 近藤 安弘 様

 私は社会人としての最初の就職先が現在のパナソニックに決まり、大阪にある生産技術研究所に配属になりました。この生産技術研究所は、電化製品及び OA 機器を作るロボットを研究する事業所です。入社直後、生産技術研究所の所長からよく松下幸之助さんの話を聞きました。所長はある時幸之助さんから、倉庫を建ててくれと指示を受けました。当時の建築技術では、大きな建物を建てるとき、どうしても柱が 2 本入るんです。そうするとこれではトラックがバックで入ると、 柱に当たりかねないので困ったと思い、幸之助さんに「これでよろしいですか。」と聞いたわけです。幸之助さんからは、「まあ、まあいいだろう。」と言われて、工事は進んでいったということです。いよいよ倉庫ができあがって、幸之助さんが見に来ました。「何じゃ。この柱は。トラックが当たるじゃないか。何とかしたまえ。」と言われて、「いやいや、これは社長が OK を出したじゃないですか。」と言ったら 「何を言っとるんだ。君がダメだと思ったらとことんダメだと言わないとダメなんじゃないか。」と逆にお叱りを受けてしまった。所長から、それ以来、仕事を進める際は信念を持って臨まれたという話しを聞いております。

 当時、経営方針発表会に、下っ端だった私がたまたま出席できることになりました。その時初めて松下幸之助さんの話を聞いて驚きました。というのは経営数値を全部頭の中に叩き込んでいるわけです。事業計画書は、ただの計画書ではない、契約書であるというわけです。契約書ですから2 年間計画を達成しなければえらいことになります。現在、私は日本経営士会という別の組織におりますが、同じように事業計画を重視し、その実践ができなければやめるという覚悟の上でやっております。

 松下電器の七精神というものがあります。松下電器では朝一番には、社歌を斉唱して、巻物になっている七精神を唱えます。当時はテレビ CM も派手に打っていましたが、社内は実に地味な会社でした。特に指示をしなくてもみんなが動くという極めて地味な形で会社の運営がされている。毎朝の朝会で、七精神を唱えます。入社してから定年まで毎日唱えてやっと 1 万回、幸之助さんの考えは、すべてのものは 1 万回やれば初段の腕前になるというものです。

 幸之助さんはご自分が体が弱かったということもありまして、会社の中では、衆知を集めた提案制度で全員経営をやっておりました。私の事業場では、月 3 件の提案が義務付けられていました。つまり、1 人 3 件のアイデアを出して第1459回例会報告 令和8年2月4日(水)ゲスト卓話まとめ、10 万人おりますから 30 万件のアイデアが 1月に出てくるわけです。 大変なことですが、知恵を集めながら経営をしようとしたわけです。

 枚方の社員の研修所にはオープン講座というのがあり、社外の方も来て良いという研修がありました。京セラの稲盛和夫氏も研修所に来られ幸之助さんの話を聞きました。最後に質問で稲盛さんが手を挙げ、「どのように実現すればよいのでしょうか。」と質問をしました。いろいろな話は確かに参考にはなるけれど、どうやったら実現するのかというのが疑問だったわけです。そこで幸之助さんは「まず思うことですな。こういうふうにしたい、セラミック事業でこういうふうにしたいと強く思うことです。まず強く思わないとそうなりませんね。」と回答しました。それ以来、稲盛さんもまず自分のセラミック事業を何とかこうしたいと強く思うようにしたことで、今日の京セラがあるという結果がございます。

 幸之助さんは、いつも突如として「今から行くから。」と連絡してきて、生産技術本部にやって来ます。来るなり現場に向かい、触ってはいけない機械をすぐ触るんです。重いか軽いか、中に何があるか、無駄がないか、自分で触ってみる。また、意外に細かいですね。お客様を迎えるときに料亭で座布団をひっくり返してほころびがないかどうか見る。細かいことができない人は、大きな仕事はできへんのやということで、いつもその細かいことを入念にチェックする人です。寝床にも常にメモを置き、寝ながらでも、松下電器の将来、どうしたらよいかをずっと考え続けている。

 アナウンサーが「幸之助さんは門閥なしお金なし学歴なし、どうやってここまでこられたんですか」と質問したら、「一つだけ誰にも負けへんものがある、熱意や。」と答えました。とにかく、物事に対する情熱はすごいですよね。

 「実践」と「熱意」。この 2 つだけ頭の中に入れていただければ間違いありません。この 2 つだけはお持ち帰り、少しでもお役に立てば非常に光栄でございます。